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国内の三大日本酒生産地をご存知でしょうか??生産量の多い順に、兵庫、京都、新潟。兵庫と京都は“灘伏見”、新潟は“地酒王国”として知られる名産地であります。これらの三大生産地は優れた米や水に恵まれていたことでも共通しています。兵庫と新潟は各々、二大酒米の山田錦と五百万石を生んだ土地。また、それぞれ名水に恵まれており、兵庫は有名な“宮水”が湧き出し、京都伏見は“伏水”との呼び名があったほど。

地政学からみる日本酒造りの歴史

国内の三大日本酒生産地をご存知でしょうか??生産量の多い順に、兵庫、京都、新潟。兵庫と京都は“灘伏見”、新潟は“地酒王国”として知られる名産地であります。これらの三大生産地は優れた米や水に恵まれていたことでも共通しています。兵庫と新潟は各々、二大酒米の山田錦と五百万石を生んだ土地。また、それぞれ名水に恵まれており、兵庫は有名な“宮水”が湧き出し、京都伏見は“伏水”との呼び名があったほど。

地政学からみる日本酒造りの歴史

この三地域が酒の生産地として名を轟かせた理由は米と水に恵まれていたというのはもちろんですが、実は他にも大事な要素があるのです。今回はその要素を“地政学(正確にはプチ地政学)”から紐解いてみたいと思います。

“地政学”とは、地理的な環境が一国や一定の地域における政治や産業、軍事などの戦略に大きく影響を与えるという視点の学問です。世界の国際情勢が複雑にうごめく時代、その原因や行く末を読み解く武器として、地政学は昨今大きな注目を集めています。日本酒と地政学なんて、関係ないと思われるかもしれません。ですが、日本酒造りの歴史を地政学的視点で見てみると、納得の因果関係が見えてきたりするのです。

さて、地図のご用意はよろしいですか?

筆者の蔵は日本海に浮かぶ佐渡島にございます。佐渡と言えば佐渡金山。徳川直轄の天領となり、江戸幕府の財政を支えました。その最盛期には、金山のある地域だけで約10万人が生活していたとも言われます。現在の島の人口が5万7645人(2016年11月1日現在)と考えると、当時いかに人で賑わっていたかは想像に難くありません。人が多いということは、すなわち口が多いということ。多くの人々の食を支えるため佐渡島の稲作は島のすみずみでも行われ、今でも海っぺりまで整然と広がる田圃を目にすることが出来ます。

米が多ければ、日本酒も造れます。佐渡の造り酒屋は多い時には100軒を越えていたそうです。小規模な家族酒屋も含めてでしょうが、現在あるのが5蔵という状況を考えると、やはり酒造りは盛んであったのでしょう。

日本海に浮かぶ孤島の、華やかな酒造りの歴史。その理由は日本最大の金山を抱えていたという佐渡島の地理的特性にありました。地政学的視点で見れば、佐渡金山に富と権力が集中し、人が集まり経済が回り、米作りと酒造りにつながったというわけです。

次に、佐渡島から海を渡って新潟に。船が着く埠頭からは見渡す限り日本海側最大規模の越後平野が広がります。信濃川と阿賀野川という二大河川が流れるこの平野は、コシヒカリに代表される日本一の米処。1956年には酒米?五百万石を開発し、淡麗な新潟地酒を生み出しました。農業県のイメージがある新潟ですが、歴史を振り返れば日本海側随一の港町。北前船が行きかう商人の町を足元に抱え、新潟地酒は切磋琢磨しながら“地酒王国”と呼ばれるまでになったのです。

灘伏見の場合は?

では、日本一、二を争う灘伏見はいかにして酒王国となったのでしょう?

灘とは兵庫県神戸市東部から西宮市今津に至る、六甲山を背に大阪湾を囲むように細長く横たわる沿岸地帯です。日本最大の日本酒生産量を誇る灘酒が台頭した背景には、多くの要素がありました。酒造りに適した酒米の開発、その米を大量に精米できる水車精米の導入、そして宮水を筆頭とした良質な水などです。

しかし、それに負けず劣らず重要なのが、交通の要所であったということです。昔の物流と言えば水路。江戸時代、灘酒は船に積まれ目の前に広がる海を通じて、一大消費地である江戸に短期間で運ばれました。そうして灘酒は“下り酒”として高い評判を生んでいったのです。

一方、京都の伏見。桃山丘陵からの清冽な伏流水に恵まれ、かつ京の都という雅な消費地を抱え、伏見は灘よりも古くから酒造りが盛んでありました。江戸時代には水運の要地としても栄え、桂川、鴨川、宇治川が流れる平野地帯には造り酒屋が次々と増えていったそうです。

しかしながら、江戸への出荷は川を下ってから海に出る、という二段構えとなり、灘に比べると必然的に後れを取ってしまいます。今のように醸造技術が発達していなかった時代において、物流の速度は品質の優劣に大きく影響を与えたことでしょう。このことにより、江戸時代も後期になると伏見の酒造りは陰りを見せます。が、その後明治時代には東海道線の開通をはじめ陸路物流が発達し、その勢いを取り戻し今に至ります。

このように、日本酒生産地の栄枯は米や水の優劣だけではなく、地理的な環境が大きく関係していたことがわかります。特に清酒は重量があるため、消費地への物流に恵まれていることは清酒産業の発展に少なからぬ影響を及ぼしていたのです。

時が流れ、今は物流網が発達し地域間格差はほぼなくなりました。そのような時代だからこそ、地図を片手に杯を傾け、改めて酒を生んだ土地に思いを馳せてみる。また一層、美味しさが増すように感じるのでございます。


您知道(日本)国内三大日本酒产地吗?以生产量多为序分别是兵库(Hyogo)、京都(Kyoto)和新泻(Niigata)。兵库和京都是以盛产“滩·伏见”,新泻是以“地方酒王国”而闻名于世。这三大产地共同特点是拥有优质大米和水。兵库和新泻分别孕育了两大酒米的山田锦(Yamadanishiki)和五百万石(Gohyakumangoku)。另外,它们各自拥有丰富的水源,在兵库有有名的“宫水”(Miyamizu),京都伏见(Kyoto Fushimi)有“伏水”(Kumi)的称号。


从地缘政治学角度来看日本酒的酿造历史

这三个地区因是酒的生产地而闻名于世的理由当然是拥有丰富的米和水,实际上还有其他重要的因素。此次,想从地缘政治学(正确说法应该是小地缘政治学)角度来解读。
所谓“地缘政治学”是以一个国家或地区,地理环境对政治、产业、军事等战略产生很大影响为视角度的学问。在当今世界国际形势复杂,蠢蠢欲动的时代,作为解读未来的武器,地缘政治学最近广受关注。您可能认为日本酒同地缘政治学没有什么关系。然而,透过地缘政治学的视角看日本酒的酿造历史,能够得出令人信服的因果关系。
那么,您准备好地图了吗?
笔者的藏在日本海上的佐渡岛(Sado-ga-Shima)。说起佐渡还要提到佐渡金山(Sado-Kinzan)。这个地方是德川(Tokugawa)直辖领地,支撑了江户幕府(Edo Bakufu)的财政。据说,在最鼎盛时期,只有金山的地区就生活着大约10万人。考虑到现在这个岛的人口有5万7645人(截至2016年11月1日),不难想象当时是多么繁荣了。人多也就意味着嘴多。为了支撑这么多人的口粮,在佐渡岛各处种植稻米。现在还能看到整齐的、一直延伸到海边的田地。
米多了,也能造日本酒。据说佐渡的酿酒作坊多的时候超过100间。可能这当中也包含了小规模的家庭作坊,考虑到现在只有5家的状况,可以说当时的酿酒是相当昌盛的。
浮在日本海上的孤岛,却拥有着华丽的酿酒历史。理由就是佐渡岛拥有日本最大的金山这一地理特性。从地缘政治学的视角来看,佐渡金山集中了财富与权力,人口集中,经济运转,这些都与种植稻米和酿酒联系起来了。
其次,从佐渡岛跨海到达新泻。从船到达的码头能瞭望到日本海侧最大规模的越后(Echigo)平流淌着信浓川(Shinano-Gawa)和阿贺野川(Agano-Gawa)这两大河流的平原,是日本第一的粳米生产地。1956年开发了酒米:五百万石,创造出了清淡的新泻地方酒。新泻给人以农业县的印象,但追溯历史,它是日本海侧最为重要的港口城市。脚下就是北前船(Kitamaebune)川流不息的商人的街道,新泻地方酒一直以来切磋琢磨,逐渐发展成为“地方酒王国”。


滩·伏见呢?

那么,争宠日本第一、第二的滩·伏见是如何成为酒的王国的呢?
“滩”是指兵库县(Hyogo-Ken)神户市(Kobe-Shi)东部至西宫市(Nishinomiya-Shi)今津(Imazu)一带,背靠六甲山(Rokko-San),面朝大阪湾(Osaka-Wan)的横向狭长沿海地区。拥有日本最大的日本酒生产量的滩酒(Nada Sake),其崛起的背景是有很多因素的。开发适合酿酒的酒米,引入能将酒米大量加工成水车精米的技术,然后还有前面提到的宫水这种优良水源等。
然而,还有不输这些因素的是作为重要的交通要道这一点。说起过去的物流,主要是靠水路。在江户时代,滩酒被装上船,通过眼前的大海能够短时间运往第一大消费市场江户。然后,滩酒被称为“下酒”(Kudari-Zake,即从上方运往江户的酒,译者注),获得了极高的评价。
另一方面,还有京都的伏见。这个地方有从桃山丘陵(Momoyama-Kyuryou)流下的清冽的伏流水,再加上京都这座典雅的消费市场,“伏见”比“滩”更早盛行酿酒。在江户时代也作为水运要地而繁荣,在流淌着桂川(Katsura-Gawa)、鸭川(Kamo-Gawa)、宇治川(Uji-Gawa)等河流的平原地区,酿酒作坊渐渐多起来。
然而,运往江户需要分为两个阶段,先顺河流而下,再出海,必然与“滩”相比要慢。在没有现在这样酿造技术发达的时代,物流速度对于酒的品质会带来非常大的影响。因此,到了江户时代后期,“伏见”的酿酒逐渐呈现下滑趋势。然而到了后明治时期,随着东海道线(Tokaido-Sen)的开通,陆路物流发达起来,弥补了“伏见”物流的劣势,挽回其地位一直发展到今天。
正如此,日本酒生产地的荣枯不仅取决于大米、水的优劣,与地理环境有着非常大的关系。特别是清酒(Sake)有一定的重量,拥有面向消费市场便利的物流条件对清酒产业的发展多少会产生一些影响。


随着时间的流逝,如今物流网的发展缩小了地域间差距。正是由于有那样的时代,才能一边看地图,一边小饮杯中酒,任由思绪驰骋在酒产地的土地上。使人更加感受到这酒的美味。



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