翰文名人 专家一览 点评达人 翰文之星 原文库 译文库 全部项目 翰文网事 年度奖励计划
"输出型"翻译学习的倡导者 每个人都可以成为翻译家!

原文

  • 枫凌 推荐于 2018-07-04 14:46
  • 原文语言:日文
  • 所属分类:商业
フェイスブックで「いいね」を押しているのは、本当の顧客なのだろうか。消費財大手のP&Gは、2016年の時点で「ターゲット広告」の重点利用から手を引いている。小売フューチャリストのダグ?スティーブンスは「広告媒体としてのSNS、ひいては広告そのものを根本的に見直す時期にきている」と指摘する――。

※本稿は、ダグ?スティーブンス?著、斎藤栄一郎?訳『小売再生 リアル店舗はメディアになる』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

FB上の「ファン」数が“水増し”されて見えるカラクリ

大手の小売業者やブランドがソーシャルマーケティングにかける意気込みは結構なのだが、計算上の明らかな不備を見逃しているようだ。桁外れの記録やユーザー数にはビジネス系のメディアが思わず飛びつくものだが、事はそう単純ではない。潜在的な投資効果がどの程度あるのか本当に理解するには、いくつか注意しておくべき「ただし書き」がある。ところが、マーケティング担当者のなかで、それを知っている人や、知っていても積極的に認めようとする人はまずいないようだ。それが原因で問題が発生していることに、メルボルン?ビジネススクール助教授のマーク?リットソンも怒り心頭だ。

リットソンの見事なプレゼンテーションがユーチューブで公開されているのでぜひご覧いただきたいのだが、そのなかでリットソンは、うわべだけ取り繕っていることが多いソーシャルメディアマーケティング関連のデータを詳しく吟味している。

典型的な例を挙げよう。リットソンが着目したのは、オーストラリアの小売業者ウールワースが取り組んでいるソーシャルメディア活用のマーケティング活動だ。同社はブランドとしてフェイスブック上で72万1000の「いいね!」を集めていて、一見すると、立派な数字のように思える。だが、ここで実態をもう少し詳しく掘り下げておく必要があるとリットソンは指摘する。

フェイスブック上で72万1000ものファンを集めたというが、これは、ウールワースに「いいね!」を押したことのあるフェイスブックユーザーの数である。現時点で同ブランドを使っているユーザー数でも、同ブランドに熱を上げているユーザー数でもないのだ。リットソンが言うように、任意の週にフェイスブック上でウールワースに関心を示した「現役ファン」の数を見ると、わずか8500人にとどまる。あの大風呂敷を広げた数字のほんの1.1%にすぎないのだ。

「いいね!」をしてくれる人と来店してくれる人とどちらが大事?

何よりも理解に苦しむのは、ウールワースが専任のソーシャルメディアチームを使いながら接触できたのは8500人のフェイスブックユーザーにとどまった一方、実店舗には「2100万人が来店」していた。つまり、同ブランドがフェイスブック上で(結構な予算を費やして)顧客全体の0.0004%を追いかけている最中に、2100万人の本物の人間が顧客として店舗に足を運んでいたわけだ。だったら、本当に足を運んでくれた2100万人をとことん喜ばせることに予算を使ったほうがましなのではないか。

こうした惨憺たる状況はフェイスブック上で「いいね!」を探し求めているほとんどの消費者向けブランドに共通して当てはまる。リットソンに言わせれば、これはブランド側がソーシャルメディアにおいて、彼らには「存在価値がない」事実を認識できていない。「間違った使われ方をしている。ソーシャルメディアは人々のものであって、ブランドのものではない」と前出のリットン教授は言う。

ツイッターで上位100のユーザーアカウントを眺めてみればわかるが、小売業者や消費者向けブランドは1つたりとも入っていない。むしろメディアネットワークや有名人がずらりと名を連ねている。

ソーシャルメディアでのマーケティングの実質的な価値が問われたのは、なにもこれが初めてではないだろう。フォレスター?リサーチのバイスプレジデントでプリンシパル?アナリストのネート?エリオットは先ごろ、ブランド各社に向けて次のような助言をしている。

『そこにコミュニティはない。「フェイスブック上にコミュニティを築く」という考え方があるようだが、フェイスブック上で息の長いコミュニティづくりに成功したブランドをいまだかつて見たことがない。おそらくは何らかの話題がきっかけで1週間ほど人々が集まってくるかもしれないが、会話の流れが生まれることはない。アーカイブとしてまとめられることもない。有意義なコミュニティは形成されない。投稿にたくさんの「いいね!」がついたり、コメントやシェアの対象になったページがいくつもあったとしても、それはコミュニティではない。フェイスブック上にコミュニティを築くという考え方をしたり、ページを管理する人々をコミュニティマネージャーと呼んだりしているが、それはいつも夢物語に終わる。コミュニティが本気で欲しいなら、自らコミュニティを築く必要がある。つまり、自らが所有する場でブランド色のあるコミュニティを作るほかないのだ』

動画広告は、目に入っただけで「見た」とカウントされていた

ならば、徹底的にターゲットを絞った広告活動なら確かな効果が得られるのだろうか。リットソンによれば、それも難しいらしい。その理由は、フェイスブックで成果を上げている広告の「インプレッション」なるものと大いに関係がある。たとえば、フェイスブック上ですごい動画広告を制作?掲載する場合を考えてみたい。フェイスブック上の動画表示エリアのうち、ほんの数ミリだけでも利用者の目に入っただけで、実際にはコンテンツ自体を視聴しなかったとしても、フェイスブックは閲覧したと判断して広告主に料金を請求する。

話はそれだけで収まらない。フェイスブック上にある動画のおよそ85%は音声が消音の状態で再生されていて、音声を耳にしている利用者は15%にとどまっている。現在、フェイスブック側でもこの問題の対応に動いているということだが、それでもバカらしいことに、音声オフでも動画がたった3秒再生されるだけで、1回視聴されたとカウントして、広告主は広告料金を払わされるのだ。

「投資効果がない」ことに気づいたP&G

こうした事実を受け、フェイスブック戦略自体を再考するブランドも現れている。プロクター?アンド?ギャンブル(P&G)では、2016年にターゲット広告の重点利用から手を引いた。さまざまなデジタル広告と比べて投資効果がないと気づいたからだ。P&Gに限らず、ブランド各社は、この新しいメディアが明らかに普及している事実と、最終的な費用対効果という現実とにどう折り合いをつればいいのか苦心していた。

思うにフェイスブックは現代版のテレビ民放キー局になっただけのような気がする。視聴者はタダでサービスやコンテンツを楽しむかわりに広告を見せられる。では何も変わっていないのかと言えば、新しい部分もある。今、消費者の反撃が始まっているのだ。たとえば、イギリスでは成人の22%、アメリカではインターネットユーザーの10%がアドブロッカーと呼ばれるオンライン広告阻止ソフトを使っている。このためオンライン広告を出している広告主とアドブロッカー開発元は常に火花を散らし合っている。

このいたちごっこは一種異様な様相を呈している。2016年8月、フェイスブックは、ユーザーがアドブロッカーを使っていても、強制的に広告を表示する対策を編み出したと発表した。要は、ユーザーが好むと好まざるとにかかわらず、ニュースフィードに広告を無理やり押し込みますよということだ。発表からわずか48時間後には、少なくともアドブロッカー開発元1社がすでにフェイスブックの“アドブロッカー?ブロッカー”の迂回策を見つけ出していた。当然、これに対してフェイスブックも“アドブロッカー?ブロッカー?ブロッカー”を阻止するブロッカー開発に動き出した。そもそも消費者は広告が嫌いだ。これまではそれに対して何もできることはなかったが、今は広告に対抗する力も技術もある点が昔と違うのだ。

飲料大手のペプシコ社長、ブラッド?ジェイクマンは、「デジタル?マーケティング」はおろか、「広告」という言葉も忘れるべきだと言ってはばからない。現に、広告という考え方自体、人々が目にしたくないもので世の中を「汚す」行為を前提としているとジェイクマンは言い切る。特にジェイクマンが槍玉にあげているのがプレロール広告である。動画本編の前に流れる30秒広告だ。ジェイクマン自身、人生のかなりの時間をこの広告に奪われているのだそうだ。先ごろ開催された会議の席上、こんなふうに語っている。

「これを作っている人たちは、嫌われることを承知でやっているのだから余計に始末に悪い。どうしてそう言えるのかって? 30秒編、20秒編、15秒編とあるが、どのくらいなら我慢できるかと聞いてくるのだから。このゴミをあと10秒我慢すれば本当に見たい本編にありつけるというわけだ。こんな汚染コンテンツモデルが長続きするわけがない」。

商品購入に至るまでの「迷路」のような道筋

もっといえば広告という概念そのものがもう長続きしないのではないだろうか。

販売店やブランドにアドバイスできることがあるとすれば、カネの力で注目を集めて成功をつかむ方法はもう時代遅れと頭を切り替えることだ。ブログやソーシャルメディアなど信用?評判を獲得するメディアを「アーンドメディア」(獲得メディア)と呼ぶが、こうした活動が不得手なら、どれほど有料の広告を打ったとしてもキリがない。

ターゲットの顧客を狙って、混沌とした市場のなかで十分にメッセージを届けられたとしても、今度はまったく別の課題を抱え込むことになる。かつてはそれだけですんなりと商品購入につながっていたが、今はさまざまなチャネルやタッチポイント(顧客との接点)、プラットフォーム、機器が迷路のように複雑に入り組んでいる。その多くはブランド側にコントロール不可能なものだ。顧客を絞り込めるどころか、先に進めば進むほどにブランドや商品の選択肢は飛躍的に増えていくのである。

たとえば、フェイスブックやツイッターで、ある商品について初めて耳にすることがある。たまたま友達がそのことに触れていたかことがきっかけで、そのブランドのサイトを訪れることはある。そこに掲載されている販売店一覧を眺めて最寄りの店に足を運ぶ。そうなったとしても、そこで買わずにウェブを検索して競合商品を調べたり、他のユーザーのレビューを読んだりするだろう。何週間か、ひょっとしたら何カ月も購入を見送ることもある。以前に出向いた店のサイトにアクセスする。だが、すぐには買わず、その販売店のアプリをダウンロードしておき、やがてカフェにでもいるときに、思い出したようにその店のネット通販でようやく購入にたどり着く。

こんな複雑怪奇な道のりをマーケティング担当者は説明できるだろうか。ましてや購入に至るまでの消費者の体験をコントロールできるわけがない。しかも、その道のりには、消費者のまったく新しいニーズや嗜好が渦巻いているのだ。

本文还没有人翻译

 

关于我们|本站声明|隐私权保护规则|帮助中心

Copyright@ 2013 www.cnposts.com 京ICP备16040216号-2 京公网安备110107000042

本站保留所有权利未经许可不得转载 本站刊载的所有文章仅代表作者(译者)本人观点 不代表本站立场

"输出型"翻译学习的倡导者---每个人都可以成为翻译家

我要啦免费统计